未分類

〈空港〉双方向的イニシエーション

みなさんこんばんは。

遊牧民的定住者シンイチです。

 

今日成田空港からリトアニアへ向かう飛行機に乗りました。少し時間があったので、二階席のカフェにいました。そこから出発していく人を眺めていて不思議だなぁ、と思ったのです。

 

1年間におよそ3900万人が利用する成田空港。1日でおよそ10万6000人が成田空港を利用していることになります。(データは2016年のもの)

 

一日10万6000人。膨大すぎて途方もない気持ちになります。それだけの人が新たな土地に旅立ち、新たな土地に辿り着くのです。そこにある出会いと別れの数はどれほどのものでしょう。空港で見送る人はどんな気持ちでしょう。家族を置いて旅立つ人はどんな感情を抱いて新天地に向かうのでしょうか。修学旅行の団体の学生も、出張でひとり旅だつサラリーマンも、みんながそれぞれの物語を持っています。

 

私事ですが、今日は母が成田空港まで見送りにきてくれました。荷物検査をくぐって、母の姿が遠くなっていくと、とてもやりきれない気持ちになります。たかだか半年の旅路なのに胸が締め付けられるような気持ちになりました。私が親離れできていないだけなのかもしれません。それでも心にぽっかりと穴が空いたような気持ちになります。

 

海外にいくということは、期待と少しの不安、そして喪失感を感じるということです。

 

行った先の国に何が待っているのだろうか、という期待と不安。そして、いつもそばにいてくれた家族や恋人と離れるという喪失感。

 

そうなのです。

なんで別れるときに悲しくなるのか。

それは、いつも普通にそばにあったものが、人がいなくなるからです。普段近くにあるもののかけがえのなさは、そこを離れるときに気づくのです。でも普段は忘れてしまいがちなものです。近くにいる人や、すぐに会えた人が、気軽にに会えなくなる。それはその状況になってみないとなかなか気づけません。

 

でもこの喪失感こそが、旅の一番大事なところでもあります。僕らは空白ができたときに、初めてそこにあったものに気づき、その空白にこそ新しい何かが入ってくるからです。

 

つまり旅をするということは、何かを失い、明け渡し、そしてそこに何かを新しく収める作業とも言えるでしょう。

 

それは旅に出る人も、残る人も同じです。

 

 

 

シートベルト着用サインが点灯し、アナウンスが流れます。飛行機の離陸です。滑走路を走りテイクオフ。束の間の浮遊感を感じたあと、順調に空を滑りだします。

そして、飛行機は雲に飲み込まれていきます。

 

残された人はその飛行機を眺めます。その飛行機が見えなくなったとき、空をしばらく呆然と見た後、飛行機とは反対側に強く一歩を踏み出すんです。

 

旅とは、そのような関係性における「双方向的イニシエーション」と言えます。

 

旅をするということは、残していく人と残される人の心に穴を開けます。その穴に触れる残余を感じ、そこに新しく入ってくる暖かい息吹を感じる。そうやってそれぞれが新しい自分に出会っていくのでしょう。

 

だから旅はいつもワクワクで、ちょっぴり寂しいんです。