THOUGHT

通過地点は通過地点じゃない

こんにちは遊牧民的定住者シンイチです。

  

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アテネからメテオラ修道院に向かう電車。

4時間30分の長旅です。

 

寝たり、ぼんやり車窓の景色を眺めたり、ブログを書きながら時間を過ごしました。
(ちなみに大学のエッセイも同時に進めていますw)

 

車窓からの景色はずっと小高い丘です。
たまに木々のたくさん生えた林があったり。

 

なんにもないような場所でしたが、人が歩いているのを見つけた時に気づきました。

 

そうか、ここにも人が住んでいるんだ、と。

 

全く何にもない丘にしか見えないところにも生活がある、と。

 

もしかしたらあの崖の上で生活している人がいるかもしれない。

どんな生活だろう。

 

どんな物を持っていて、

どんな食べ物を食べて、

どうやって収入を得ているのだろう。

 

私が通過地点としか思ってなかった場所は
彼らにとって生活する大切な場所。

 

それは飛行機で通り過ぎる眼下の町にもそうです。

 

 

ヨーロッパを旅行している時、

訪れた土地は点と点で繋がっていました。

 

 

でもその点と点の間に、無数の点がある。

 

 

数直線は点の集合だと受験の時に習った覚えがあります。

 

一本の線は存在せず、どこまでもグラデーションが続くのです。

 

ナショナリズムの授業で

 

その国の言語が母語なら国民か、

その土地で生まれたら国民か、

同じ文化を持っていれば国民か、

という話がありました。

 

日本と違って、陸続きの大陸だからこその考えかもしれません。

 

でもこうやってみていると、文化にはっきりとした線引きはできるのでしょうか。

 

スイスからリヒテンシュタイン公国に行った時、

 

国境は川でした。

その川の上に橋がかかっており、

橋の真ん中に国境と書いてあります。

 

ただそれだけです。

 

なんだ、国境なんてこんなものなのか

と思いました。

 

 

直線が点の集合であるように
国境にラインなんてないように

 

世界は思ったよりも分け難いものみたいです。

 

 

 

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