ぼくらは可能性を手放して生きている
今年の6月に姫路に旅行した。お目当ては妖怪展だったのだが、実は行くか結構悩んだ。というのも、長野から姫路まで行くと往復で5万円くらいかかるから。さすがに妖怪を見に行くためだけに、姫路までお金をかけていくのもどうなのかな、と迷っていた。でも、正直言ってめちゃくちゃ妖怪の絵が見たかった。
数日間悩んでいたのだけれど、意を決して新幹線のチケットを取った。新幹線のチケットを取ってみると、心のつっかえがとれたようなスッキリした気分になった。しかも、姫路に行ったら「あそこに行こう」「ここに行こう」と行きたいところのアイデアがどんどん湧いてくるのだ。
『鬼滅の刃』の「柱稽古編」で炭治郎たちが岩柱の試験を受けるところがある。その中で、大きな岩を押して動かす話がある。ずっとびくともしなかった岩だけど、最初の少しだけでも動き出せば、そのまま一気に移動することができるシーンがある。あんな感じで、最初の一歩はすごく大変だけど、そこが動き出してしまえば、あとは軽くなる。今回の姫路行きを決めた時は、そんな感じだった。
で、気がついたのは「決めると進む。決めないと進まない。」ということだ。すごくシンプルで当たり前のことだけど、「決める」っていうのは意外と怖い。だって、決めるということは、その決めたこと以外の可能性を全て手放しているっていうことだから。
これはインターネットの検索に近いかもしれない。例えば、姫路に行くか行かないか決まっていない時は、検索しようがない。キーワードが定まらないと、何も選択肢に上がってこないのだ。選択肢は無限にありすぎる。
でも、「姫路」というキーワードが決まってしまえば、10,000件くらいの検索結果が出てくる。次に「姫路 観光」という2つのキーワードで検索したら、1,000件くらいに絞れてくる。で、「姫路 観光 一泊」と3つのキーワードで指定したら100件くらいまで絞れてくるかもしれない。
つまり、何も決まらなければ選択肢は無数にあるのだけれど、メインのキーワードが決まれば選択肢は絞られるし、追加でキーワードが出てきたら、さらに絞ることができる。そして、選択肢が減ってくるほど「流れ」が生まれてくるのだ。旅の場合は行きたいところが芋蔓式に増えてくる。
だから、一度決めて仕舞えば、そのあとは早かった。
この話は、旅だけではなくて、人生も同じなのかもしれない。決断は難しいってよく言われる。決断できないのは、ありえたかもしれない別の可能性を手放せないからだ。人は他のありえた可能性を手放すことでしか、人生を前に進めることはできないのかもしれない。
例えば、このアイデアはカフェでノートに書いている。でも、朝二度寝してカフェに来なかった僕もいるかもしれないし、起きていたけど布団でスマホをいじっていた僕もいたかもしれない。もし、他の選択肢を選んでいたらこのアイデアに辿り着けなかったかもしれない。
ぼくらは多数の分岐を手放して、今ここにきているんだろうな、なんてことを考えるきっかけになった姫路旅だった。