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入口としての空港/出口としての空港

今日は羽田空港にいった。

別にどこかに旅行に行くわけではない。

飛行機が飛び立つのをただ眺めるためだけに空港にいったのだ。

恋人が飛行機好きなのがあって、ここ数ヶ月で羽田空港を訪れる機会があった。

昨晩、映画「ターミナル」を見たからだろうか。

空港という空間の特別さに心を惹かれる。

入口としての空港/出口としての空港

空港というのは、その国の入口であり、玄関である。と同時に、その国の出口でもある。

空港を人々は通り抜けて、新しい世界に一歩だけ足をすすめることができる。

空港に降り立った瞬間の、その国のにおいと音。肌に触れる空気感と人々の顔。

すべてが新鮮で、これから始まる旅路への不安と期待を胸に国に入っていく。

国を出るときはまた違う感情に襲われる。

日本に帰るときは、帰りたくない気持ちが強い。

旅は豊潤な非日常であり、私が日常の中にいることを忘れさせてくれる。

イタリアの路地裏のエスプレッソや、アイルランドのパブのチキン、リトアニアのスーパーの雑多なにおい。

新しい発見であったものたちを自分の体に染み込ませていく。

街の中にありながら、外部でもある空港

空港は街の一部ではなく、異界のようなところだったりする。

羽田空港でぼんやりと飛行機が飛び立ち、着陸するのを眺めている。

遠くには自分がやってきた街、東京が見える。

少し意外だったのが、東京という街を魅力的に感じたところだ。

東京は中にいると人が多くて嫌だったりするけど、少し離れて外から見ると、きれいに見えた。

空港はその東京の中での「東京でなさ」ゆえに、東京を外から眺めさせめくれる。

中にいては呑み込まれてしまうような、人の多さと情報の多さの街は、少し離れると美しくて、少し可愛そうな街に見えた。

ビルが墓石のように立ち並び、何か疲弊を感じさせる。

モノレールから見た景色

空港を出て、モノレールに乗る。

モノレールのいいところは真下が見えるところだ。車で高速に乗っても見えない真下の世界。

カップルの二人乗り

人のいないガソリンスタンドの灯り

モノレールの世界と直接関わるような視界が好きなのだろう。そして後ろに流れていく、街明かりも。

そうやって、

一度遠くに眺めた東京に戻っていく。

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