THINKING LIFE

『一遍上人語録』を読む:Part1

こんにちは。しんいちです。

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みなさん「一遍上人」ってご存知ですか?

僕は日本史の授業で少しやったな、くらいの認識です。
一遍上人=踊り念仏

って覚えていました笑

今年から勉強会で『一遍上人語録』を読むことになったので、そのことを書こうと思います。

一遍上人語録 (岩波文庫 青 321-1)

一遍上人語録 (岩波文庫 青 321-1)

 

 

一遍上人とは?

一遍上人 | 延応元年(1239)~正応2年(1289)

0歳:現在の愛媛県に生まれる
10歳:母をなくし、仏門へ
13歳:浄土宗の仏門へ
25歳:父をなくし、帰郷。半信反俗となり結婚。
33歳:善光寺で「二河白道図」を写して御本尊にする。
33歳〜:亡くなるまで遊行を行う

二河白道(にがびゃくどう)とは、浄土教における極楽往生を願う信心の譬喩。ニ河譬(にがひ)とも。善導が浄土教の信心を喩えたとされる。主に掛け軸に絵を描いて説法を行った。

絵では上段に阿弥陀仏観音菩薩勢至菩薩のニ菩薩が描かれ、中段から下には真っ直ぐの細く白い線が引かれている。 白い線の右側には水の河が逆巻き、左側には火の河が燃え盛っている様子が描かれている。 下段にはこちらの岸に立つ人物とそれを追いかける盗賊、獣の群れが描かれている。

下段の岸は現世、上段の岸は浄土のこと。 右の河は貪りや執着の心(欲に流されると表すことから水の河)を表し、左の河は怒りや憎しみ(憎しみは燃え上がると表すことから火の河)をそれぞれ表す。 盗賊や獣の群れも同じく欲を表す。

東岸からは釈迦の「逝け」という声がし、西岸からは阿弥陀仏の「来たれ」という声がする。 この喚び声に応じて人物は白い道をとおり西岸に辿りつき、悟りの世界である極楽へ往生を果たすというもの。ーWikipediaより

 

一遍上人語録』はどんな本?

一遍上人は亡くなられる直前、所持していた経典を書写山円教寺の寺僧にお渡しになり、その他の書物は『阿弥陀経』をお読みになりながら焼き捨てられました。51年のご生涯で一冊の著書も残そうとはされず、ひたすら全国を遊行し「南無阿弥陀仏」の念仏札を人々に配る旅を続けられました。そのようなお姿から「捨聖(すてひじり)」、「遊行上人」と呼ばれ、人々や時衆から尊崇されます。

一遍上人の教えはのちに時衆(一遍上人に付き従っていた人々)がまとめた国宝『一遍聖絵』、『一遍上人縁起絵』、『一遍上人語録』など、限られた史料の中に見出すことができます。

この『一遍上人語録』の中に、一遍上人が追慕されていた空也上人(市聖と呼ばれ京都を中心に活躍された平安時代の僧)のお言葉を引き合いに出された法語があります。

一遍上人のご生涯 – 時宗総本山 遊行寺より

 「捨てる」

上にも書いてありますが、一遍上人は「捨聖」とも呼ばれた人です。
有名な会話で、「念仏をどのようにとなえればいいか」と聞かれた時、一遍上人は「捨ててこそ」といっったようです。

彼の言う「捨てる」というのはどういうことなのでしょうか。

僕なんかは最近の事もあって、「断捨離」「ものを捨てる」ことを考えました。

実際お坊さんは荷物が少ないイメージがあります。
ガンディー氏ももの小さなカバンひとつしか荷物がないと聞いたことがあります。

 

今日のお話だと、
・人間もいつかは己を捨てなければいけない(死ぬ)。
・仏も捨てる
・エゴを捨てる
・言葉をはなつことは言葉を捨てること

まったく考えがまとまりまりませんが、今年は少しづつ一遍上人のいう「捨てる」を学んでいけたらと思います。