Column

都市の息継ぎ

2020年9月11日 金曜日 9:38

新型コロナウイルスの影響で、ここ半年くらいほとんど外に出ることはなくなった。受験生の頃は毎朝カフェに行っていたのだが、そのような習慣は今はもう難しい。

昨日はスターバックスに久しぶりに行った。その時にコロナの前よりも、心地いいと感じたことを書いてみよう。

スターバックスは皆さんご存知の通りまあ有名なチェーン店だ。「スタバでMacを開く」なんていうと、少し皮肉っぽい雰囲気を感じる。

とはいえスタバはどこにでもあって、WiFiも繋がるので一番安心なカフェと言える、Wi-Fiのセキュリティが甘いらしいので安心とはいえないのかな)。

*ちなみに私が留学していたリトアニアにはスターバックスがなかったので驚いた。日本では聞いたことがないようなチェーン系列のカフェがある。VELO CAFEとか。

話を元に戻そう。

スターバックスで久しぶりに座って、一つ気づいたことがある。コロナウイルスの影響ですべての座席と座席の間が開いているのだ。横並びのシートでは、真ん中に一つの座席を開けている。テーブル席でもあまり近くならないように工夫がされている。

正直に言うと、居心地が良かった。

今までカフェで隣の席に人が来るのが好きではなかった。パーソナルスペースとでもいうのだろうか。肩が触れるぐらいの距離に人がいるとストレスを感じる。

コロナ前までは、隣の席にカバンをおくこともできたけれど、やはりそれは憚られる。なので隣の席に人が来てもそういうものだなと諦めていたけれど、やはり知らない人が隣にいるというのは、心地が良いものではない。

しかし、コロナウイルスの影響で私たちは強制的に知らない人と距離を取るようになった。2メートルの距離はあけるようにとお偉いさんも言っている。

お店の側からしたら座席の数が減るというのは機会損失、ダメージがとても大きいかもしれない。しかし利用する一個人としては、居心地が良くなったと感じている。

少しコロナ前を思い出してみると、普通に座席が近すぎたのではないのだろうか。隣の人と触れ合うほどに近い座席にしなくてはいけなかったのだろうか。私たちはそれが快適だっただろうか。カフェだけでなく、満員電車や会社の座席など、全て座席があまりにも近かったのではないだろうか。

そこに都市の過密さが顕れていた気がする。

だから、スターバックスの横並びの席に人々が座っているその間の空間に「都市の息継ぎ」を感じた。

例えば私のように知らない人が肩の触れる距離にいることを、心地よく思わない人はいると思う。そのような人は、気がつかないうちに都市生活でストレスを感じている。

都市の生活に慣れていて、自然の感覚というのを忘れてしまっているのではないだろうか。例えば地方に行くと夜に車の音がしなくて、川のせせらぎぐらいしか音がしない。空気がおいしいこと、人が少ないことの心地よさ。

私はリトアニアに行って人の少ない街の素敵さを感じた。街を歩いている人は少なくて、バスが満席なんてことはなく、電車の中で知らない人と肩が触れることもない。東京で生まれ育った私には大きな魅力だった。

東京という街の過密さからくる、息苦しさ。無意識のうちに感じていた息苦しさに対して、コロナウイルスがもたらしたのは「都市の息継ぎ」だったんじゃないかと、そういう風に思う。