Column

魚をさばくということ:包丁と身体:天とつながること

今日は毎月一回の料理教室でした。

作った料理は以下4点です。

  • 穴子ご飯
  • 切り干し大根の炒め煮
  • とりわさ9とりのわさび和え)
  • 蛤(はまぐり)の汐汁(うしおじる)

魚をさばく

今日は穴子を1本さばきました。

4ヶ月前にはまったくうまくさばけず、ギザギザになってしまいました。

魚をさばくのはとても難しいですし、今も「うまい」とはいえないレベルです。

でも今日はなんとなくですが、包丁が「スッスッ」と魚の中を通った感じがしました。

その魚を綺麗に切れた時に自分の身体性と包丁使いは密接に関係していると感じました。

包丁使いと身体性:天とつながること

今回うまく魚を捌けた時に自分の身体に起きたことをまとめます。

いままで魚をさばくときは、丁寧にさばこうと思ってとても猫背になって魚に顔を近づけていました。

そうすると、包丁に力が入り身がギザギザになってしまいます。

しかし今回は背筋を伸ばして呼吸を深くしながらさばきました。

すると包丁が力を入れずとも、すっと入り魚の身が綺麗に切れました。

自分の背筋が伸びること、それに応じて呼吸が深くなる。

そうして呼吸が深くなることで、体の力が抜けて包丁が手の先になったような気がします。

実際に料理教室の先生も「包丁を信じて」というふうにおっしゃっています。

いつも魚をさばく時に思い出すのが、井上雄彦さんが宮本武蔵について書いた漫画「バガボンド」です。

この漫画の中で、主人公の宮本武蔵の生涯が描かれます。

彼は若い頃は「豪剣」と言われるような力づくの剣を振るうのですが、さまざまな難敵に出会い成長するにつれて柔らかく「水のような」剣を振るうようになります。

そして「生きる道は天によって完璧に決まっていて、それが故に、完全に自由だ」という有名な言葉にたどり着きます。

実際にはこれは武蔵の師匠であり友人のようなお坊さんのセリフなのですが。

魚をさばく時に、力を入れずにさばけた時に、少しだけこの感覚に近いのかもしれません。