2019/11/23:移動する思考

三上という言葉がある。

《欧陽脩「帰田録」の「余、平生作る所の文章、多くは三上に在り。乃(すなは)ち馬上・枕上(ちんじゃう)・厠上(しじゃう)なり」から》文章を考えるのに最も都合がよいという三つの場面。馬に乗っているとき、寝床に入っているとき、便所に入っているとき。

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今や馬に乗る人は少ないだろうから、電車や車の上になると思う。

今回はチェンマイからバンコクへ電車で移動する間に様々に思考することが出来た。忙しい毎日で忘れてしまっていた「考えること」を思い出させてくれた。

チェンマイからタイへの10時間の移動【圏外】

今日は長距離列車に乗ってタイ北部のまちチェンマイから、中心であるバンコクへ向かった。

移動距離はおよそ700キロメートル

所要時間は10時間ほどだ。

最初はこの電車の中でやり残した仕事を少し進めておこうと思った。9時間もあればかなり捗ると思っていたが、いざ乗ってみるとボロボロの電車だった。

WiFiどころかコンセントもない。

仕方ないので、スマートフォンとインターネット共有をした。電車が発車してしばらくすると、急にパソコンが動かなくなった。圏外になっていたのだ。

しまった。忘れていた。

タイの都市部ではインターネットが通ってても、地方ではまだ使えないところがあるのだ。

インターネットに繋がらなくなったパソコンを閉じた。

折角のいい機会だ。

読めてなかった本を読もう、と思った。

長い10時間の始まりだった。

実は今まで長距離移動を飛行機が発達してどこでも行ける時代に、電車やバスで行くなんて非合理的だと思っていた。

確かに費用面での違いがあるが、何時間も座っているのは体が疲れてしまう。

しかし、今回の陸路での長距離移動は得がたい体験となった。

やることと言えば読書、睡眠、ぼーっとする

さすがに10時間も圏外になると、やることがなくなってくる。Twitterを見ることもできないし、なにかを検索することもできない。普段ならやっていることが出来ない。

できることと言えば、持ってきた本を読むことと、ぼーっとすること、そして寝ることだけだ。

久しぶりにゆっくりと落ち着いて本を読んだ。「現実脱出論」から「休む技術」、「考える教室」。

その中で「考える教室」で取り上げられた4人の思想について見ていく内に、自分は何て遠回りしてきたんだろう、という気持ちになった。

僕は元々本が好きだった。それも哲学とか人文とか。ずっと本を読んでいた。

でもいつからか、早く本を読むことや、何冊本を読むかに気を取られるようになった。わかりやすくて、手軽で役立ちそうな実用書と呼ばれるものを読むようになった。

慌ただしい仕事に使えそうな本をどんどん読んだ。でも、心のどこかでは違和感を感じていたはずだ。

毎日の雑事に追われて、ゆっくりと本に向き合うのではなく、すぐに役立つように見える言葉を求めた。そうすれば進んでいる気がした。

でもそうではなかった。

いつの間にか「社会」みたいな物にズルズルと引きづられていた。飲み込まれていた。

子供の頃から好きだった読書に、速度や成果をすぐに求めることで、逆に読書から離れてしまったのだと思う。

久しぶりに圏外になり、長い時間を得たことで数年ぶりに気づきを得ることが出来た。

電車の長旅は忘れてたことを思い出させてくれた

結局本を読んで寝て、本を読んで寝ての繰り返しになった。昼間に寝るなんて久しぶりだった。

この旅を終えるまでの僕なら、寝るなんてもったいないと考えていただろう。

でも読書とぼーっとすることと、寝ることしかない空間では、その3つをローテーションするしかなかった。

でもそれが素晴らしい時間だと気がつくことが出来た。好きなだけ本を読み、眠くなったら寝て、起きて本を読み、車窓の景色を眺めてぼーっとする。

きっと私にとっての幸せはこういう生活なのかもしれない。それくらい満足した。

毎日慌ただしくて、なにかしてなきゃという強迫観念があったけれど、慌ただしくない時のが自由で居心地が良いとわかった。

日常の中で無意識だったけれど、落ち着くことが出来ていなかった。それに気がつけたのがこの電車旅の得がたい経験だった。

また旅をする時は、電車に揺られてみたい。

9時に出発した電車は10時間近くかけて19:45に到着した。