THINKING LIFE

2019/12/02:足し算でなく引き算でテクノロジーに触れる

【目次】

目の痛み

今朝から目の違和感とともに目が覚めた。ごわごわするような、パサパサするような感覚だ。昨晩寝る前に真っ暗な部屋の中で1時間ぐらいブログを書いていたのが良くなかったかもしれない。

  • 寝る前
  • ブルーライト
  • 暗い部屋

と体にあまり良くない状況が目白押しだ。

今朝の目の違和感はきっと前日の行為のせいだろうと思われた。

しかし仕事は朝から始まる。

家で仕事をする場合、パソコンの画面と一日中向き合う。8時間は全てパソコンを使って仕事をして、ブログもパソコンだ。休憩時間はスマホでメッセージしたり、Twitterを見たり。画面から離れる暇はない。

数日前から、仕事が終わった直後に急激な眠気に襲われ、1,2時間寝てしまうことが増えた。

自分の感覚としては目の疲れをとるために、体が調節してくれているのだと思う。おかげでスッキリとした感じで目覚めることができる。

パソコンが熱を持ったら冷却しなくてはいけないように、自分の頭も冷却しているようなものだろうか。

しかし夕方の睡眠は夜の睡眠に悪影響を与えるために避けなくてはいけないとどこかの睡眠の本で読んだ気がする。

現代のテクノロジーの恩恵とその裏の顔

パソコンで仕事をできるようになったことで、僕は世界のどこでも働けるようになった。インターネットさえあれば文章をどこでも書けるようになり、会議もオンラインでできるようになった。

今の仕事ができているのは、ひとえにテクノロジーのおかげだ。その恩恵を僕は多分に受けている。スマートフォンやパソコンが発達してきていて、これからはAIやブロックチェーン、5Gの時代になっていくとされている。

時代はどんどん便利になっていくけれど、人間は少し悲鳴の声を上げ始めている。僕の目はその一つだ。

スマホ首や、座り過ぎの問題、肩こりなど。パソコンやスマホでの仕事から発生している。

SNSの発展で、土日まで休めなくなってきている。フランスなどの欧米諸国では2017年ごろから「つながらない権利」が主張されている。インターネットやデバイスの普及でいつでも連絡がとれるようになり、業務時間外にも会社から連絡が来るなどが問題になっている。

テクノロジーの発展とともに、それに関する人間の身体、心の問題は出てきている中で、僕らはどう対処すればいいのだろうか。

きっと過渡期にいる僕らは闇の中を手探りで進むしかない。洞窟の中を日もなく進んだ原始人のように。

足し算でなく引き算でテクノロジーに触れる

目が痛くなることが多いので、目のケアの方法とか色々と調べていた。目薬とか、アイウォーマーとか、目に効くサプリメントとか。アイウォーマーに至っては数万円単位のものもあるらしい。

ただ僕はものを増やすのがそこまで好きではない。

数カ月間海外で生活して、35L のリュックで旅をしていたけれど、それでも重いし、モノが多いと思った。だから、結局増やしても、持ち運ばなくなると思うし、持ち運べないものは不要になっていく。物が増えると管理するものが増えて、結局管理しきれなくてだめになってしまう。

そう考えると、目のケアグッズを「足す」のではなく、パソコンや画面を見る時間を「引く」ほうが良い気がしてきた。

サプリメントやアイテムの頼るのは、不安定な土台の上に箱を積み重ねていくようなもの。根本的な解決にはならない。

画面を見すぎて辛いならば、画面を見る時間を減らせばいい。

シンプルな話だ。

意外と、自分がパソコンでやっていることを、パソコン以外で出来ないかと考えるのも楽しいものだ。

例えば、記事を書くとき。今まではパソコンで下書きをして、推敲して記事にしていた。それを紙のノートとペンで下書きを書いてみるようにしたら、今までよりもいろいろ考えられるようになった。

パソコンで文字を書くときは、左から右、上からしたと一直線になる。でも手書きだと斜めになったり、ずれてもいい。その手の先の自由度が思考をゆるめてくれる。坂口恭平さんの提唱する「手の先運動」みたいなものだろうか。

この記事も30分から1時間くらいノートに走り書きしたアイデアをもとに書いている。

僕の目だけではなく、テクノロジーとどう向き合って、個人がそれぞれの折衷案を探していくしかない。問題に気がついて対処するときに、「足す」のではなく「引く」思考をしてみるというのは、割といいアイデアだと思っている。気が向いたら他にも応用してみて、感想を教えて下さい。

では。