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「大学生の論文執筆法」石原千秋 ちくま新書 2006年初版

こんにちは。しんいちです。

今日は「大学生の論文執筆法」(石原千秋 ちくま新書 2006年初版)を読みました。この本は大学に入学してすぐの、一年生のときに必修で課題図書となった本です。

著者が冒頭で「この本は全体的にちょっと意地悪な書き方になっているかもしれないが、それは僕の性格から出たものだから、君たちはあんまり真似を知ないほうが良いと思う」と書いてあるように、当時は語り口が嫌でした。

それ故にあまりちゃんと読んでいなかったのですけど、改めて読み返してみると、大学生に向けてかなりしっかりと大学生としての道筋を示している本だと感じました。大学生としての学びのスタンスと、実際に論文を書くときの作法、そして物書きとして生きていく方法論まで書いてあります。

今回は本から気になった部分を抜粋します。

文章の作法

・レポートにせよ論文にせよ、一体誰のために書くのか、なんのために書くのか。そこがはっきりしていない文章はそもそも文章として失格だ。p14

・タイトルはプレゼンテーションの第一歩なのである。タイトルが付けられるということは、テーマが決まったということである。p26

・「このように」や「そのように」の多い文章は、推敲が足りない文章の典型である。p3

・研究史を知らなくて、自分でも気づかないで「パクリ」を犯してしまう場合もないではない。(中略)まず、この数年間に活字になった論文は原則として集める。次に、それらの論文に何度も引用されている論文は重要度が高いので古くても手に入れる。また、自分のテーマに関わっていそうな論文も手に入れる。こういうやり方で二〇本から三〇本の論文を読めば、量としては一割から二割程度でも、質としては八割程度はフォローできてしまうというのが、研究者の常識だ。研究史を知らなければ、自分のレポートの「新しさ」もわからないのだから、是非試みてほしい。p40

・僕は何かを提案する時はできる限り具体的に提案するようにしている。たとえば、「批評精神を養おう」という抽象的な提案なら、多分誰にも異論はないだろう。しかし、それでは提案としての価値がないというのが、僕の考え方だ。p62

学生として、そして物書きになるための提言

・余った時間を携帯や合コンなどの遊びにすべて使うような学生は、今すぐ大学をやめなさい。大学はそんなバカどものためにあるのでhない。大学の偏差値は大学や社会での実力を保証するものではなく、可能性を示すものにすぎない。必死に勉強しない限り、可能性は開花しない。p20

・昔ある人が、木下順二という高名な劇作家にフリーになりたいと相談をしたことがあったらしい。そのとき、木下順二の答えは、「締め切りよりも健康を優先できないのなら、フリーにはなれないよ」というものだったそうだ。p102

私はフリーランスとして最近働いていいるのですが、健康に気を使うのは大切なことだと常々感じています。自分で働くということは、自分が全ての資本です。

・本はできるかぎり身銭を切って買うものである。買えば、たとえ読まなくても、「ツンドク」だけで十分に身に付いて、読んだと同じような効果がある。(中略)身銭を切って買った痛みがあるから、知識として頭に留まるようになるのである。p112

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