BOOK

本の生態系:循環する本たち

おとといAmazonで購入した本が今日届いた。自分が気になった本がすぐに届くという環境の素晴らしさを改めて感じる。購入したのは『受苦の時間の再モンタージュ』である。ユベルマンの著作で、松葉舎のメンバーに勧めてもらった本だ。

自分は本を読むのが早くはない。たくさん本を買っても積み重なっていくだけの「ツンドク」になってしまうことが多々ある。「ツンドク」になってしまうことがわかっていて、なぜ私は読み切れない量の本を買ってしまうのだろう。

井上ひさしさんが「ツンドク」は効果があるとおっしゃっていたことをいいことに、自分も読み切れていない量の本を購入することに戸惑いがなくなった。自分の生活費を抜いた大部分のお金を本に使っている。しかも読み終わっていないのに。生まれてから23年間、なぜ読み切れない量の本を買ってしまい続けているのだろうか。

今回の第一のテーマはそれだ。手に入りやすくなった本と、読まれない本たち。

手に入りやすくなった本と、読まれない本たち。

Amazonで本を頼めば2日で届く。これほど求めていた知識にすぐにアクセスできる時代はない。そして私のように、好きなことが多岐に渡る人間が方向性を見失う時代もないと思う。今日ホロコーストの本が届いたと思えば、おとといには仏教の本を買っている。その2日前には漫画と、数学のエッセイを購入し、その前はビットコインの本を買う。

「面白そう!!」と思ったらすぐに本を手にとってしまうのは、本を盲信しているからかもしれない。今まで私は本を読むのが大切で、どれだけたくさんの本を読むかが大事だと考えていた。しかし、どうやらそうでもないらしいというのが最近感じていることだ。

読書をすると思考が弾力性を失い、硬直すると行ったのはショウペンハウエルだったか。彼が言うには、本に書かれていることとは著者の思考である。それを無批判に受け入れて、自分で考えることをしなければ、いつか自分の思考がなくなってしまうという。

外山滋比古さんも同じようなことを言っている。本を読む時間を多くするだけ、自分の頭で考えることが減ってしまうと。

また、最近読み始めた「勉強の哲学」という本で著者の千葉雅也さんは、勉強という行為を「積み重ね」だと思ってはいけないといいう。むしろ勉強とは「破壊的」な行為だとさえ言う。

最近の身の回りの本で、本を読むことのデメリット的な部分を指摘されているのは面白い。

ちなみに勉強が「破壊」的な行為だということに、まったくネガティブなイメージはない。むしろポジティブだ。「芸術は爆発だ」で有名なアーティストの岡本太郎さんは、「人生は積み減らし」だと言っている。人生は年齢を重ねるに連れて積み重ねられていくものだと思われるかもしれない。しかし、経験則のなかから自分の積み重ねによって硬直してしまうのが常だ。だからこそ岡本太郎さんは積み減らすことの大事さを唱えたのだろうし、勉強で破壊することはネガティブではない。

まだ本を読み終えていないからわからないけれど、いまの情報過多で思考の硬直している現状とは違う読書法があるのだと信じたい。

話がそれたが、やはり本を読むことが無条件でいい気がするし、本を買うことは自分に素晴らしい影響を与えてくれると信じている。そのような願望からも「ツンドク」が行われていると思う。

実は今日書きたいことがもう一つある。

それはこの本がROKUJO BOOKSという古本屋から届いたことだ。

本は人の手を巡る

先日引っ越しをした。そのときにほんとうに多くの本を手放した。本を引き取ってくださったのがこのROKUJO BOOKSさんだ。

自分が本を売り、お金が入ってくる。そのお金で自分が本を買う。

意図せずに購入したのだが、その本が巡っているという感覚をはじめてリアルに感じた。本の生態系みたいなものがあると思うと、自分の家に眠っている本を、生態系に戻してあげる事が必要かもと感じた。さながらペットのように、ある人に所有されるだけではなく、本棚の奥でほこりにまみれて忘れられているでもなく、ちゃんと巡らせてあげること。

「本の生態系」について考えると、むしろもっと本を手放したいと思うようになった。自分に本当に必要ならばちゃんと帰ってくるだろう。

本はただの本ではないと思って行きてきたけれど、やはり生きているのだ。

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