THOUGHT

テクノロジーと鈴木大拙とビートニク

今朝は伊藤穰一さんという方のテクノロジーに関する本を読んでいました。

そして夜は「大拙を体験する」の第二回。鈴木大拙について豪華ゲストが語るワタリウム美術館の連続講座です。

不思議なことにこの2つが自分の中で繋がりました。

結論から言うと、人間は50年前から悩んでいることは変わらず、もしかしたらテクノロジーの登場でより複雑に、そして同時によりシンプルになった可能性があるということです。

ミーニング・オブ・ライフを考える

お金のような経済的な価値のためだけに〈働く〉ことに疑問を持つ人はこれからもっと増えることになります。つまり、お金のためだけに〈働く〉のではない。「ミーニング・オブ・ライフ(人生の意味」が重要になってくるのです。(中略)「経済的価値を重視して生きることが幸せである」という従来型の資本主義に対して、「自分の生き方の価値を高めるためにどう働けばいいのか」という、新しい〈センシビリティ(Sensibility)〉を考えるには、とても面白い時期だと思います。

これは伊藤穰一さんの著書の一節です。

テクノロジーが進歩して、資本主義が行き詰まっているように見える世界でお金だけが価値ではないだろう、と考える人が増えているといいます。

このお金についてや、豊かさの話はビートニクの時代にも繋がります。

ビートニク時代は、戦勝国アメリカの豊かな生活の価値観に対する反発がありました。いい大学に入り、いい会社に入り、高い給料で車を買い、我が家を持つ。そのような価値観にあらがった時代だと言います。

ビートニクと鈴木大拙

あまり知らなかったのですが、多くのビートニクの作家たちは鈴木大拙を経由して仏教の影響を受けているといいます。

ビートニクにとって禅というものが一つの解になったように、今の我々にとっても禅がある道筋を示してくれるかもしれません。

テクノロジーが発展した分だけより複雑になると同時に、自由にもなれる時代です。

SNSに疲れたり、逆にモバイルでどこでも働けるようになったり。

テクノロジーは一長一短だということを改めて感じます。

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