THINKING LIFE

都会で感じている違和感について:”ジャム”をすること

こんにちは。しんいちです。

先日から「マイケルジャクソンの思想」著:安冨歩 を読んでいます。

みなさんもマイケルジャクソンという名前をご存知だと思います。

僕が彼に初めてであったのは、中学校の英語の授業中に聞いた「ウィー・アー・ザ・ワールド」です。その後、高校生頃に映画「This is it」を観ました。

当時の僕にとって彼は、スキャンダルの渦中にいた人、踊りと歌の上手い人、圧倒的にパフォーマンスへの熱意がある人、というイメージでした。

彼のことを詳しく知らなくても、ムーンウォークなど、彼の断片を僕らは知っています。

「マイケルジャクソンの思想」を読んでいる中で、特に印象的なのは第一章に当たる「”ジャム”とはなにか?—潜在意識に直接届けられるメッセージ」です。

「ジャム」とはマイケルジャクソンの有名な曲の一つです。

ここで語られる「ジャム」とは何でしょうか?(もちろんパンにつけるジャムではありませんよ)

筆者の言葉を引用しながらみていきます。

”ジャム”するとは何か?:「スムーズ」な社会で立ち止まること

「そもそも”Jam”というのは”traffic jam”が「交通渋滞」と言う意味であることからわかるように、何かが詰まる、ということである。 」

“ジャム”することはなにか、ということを考えるときに、逆に”ジャム”していない状態を考えてみる必要があります。   

ここで筆者はバイク事故の具体例を出しています。

交差点で車とバイクの事故が起きたとき。バイクに乗った人が倒れて動かなくなった。多くの人が周りに駆けつけるが、ほとんどの人は「邪魔になるからバイクをどけろ」と言たというお話です。

普通はけが人をまず気遣うと思っていましたがそうではない人が多かったようです。ここでけが人を気遣うという人間としての感性が発動せずに、周りのじゃまになる、といった人々は人間的な完成を失いつつあります。社会のスムーズさを重要視しているわけです。

この社会がスムーズに動くことを「スムーズ・クリミナル」と筆者は読んでいます。   「スムーズ・クリミナル」について筆者は以下のように説明します。    

「家庭や教育や法律や制度やマスコミなどを通じて、人々の魂を見事に殺してしまうシステムの作動のことだと私は解釈している」

そしてこの「スムーズ・クリミナル」に抗うこと、それが“ジャム”なのだそうです。

「人間が、歯車に順応してスムーズに通り抜けるのではなく、そこで自分自身の感覚に立ち返って行動すると、歯車は動かなくなってしまう。それが”ジャム”である。

「交通事故が起きた交差点で、交通渋滞を懸念してけが人を顧みないのがスムーズであるとすれば、そのときに群衆を押しのけて駆け寄る行為が”ジャム”である。」

現代の人間が「スムーズ」を重視しており、立ち止まること、「ジャム」することができないと言います。では、僕らはどうやったら“ジャム”できるのでしょうか?

どうやったら”ジャム”できるのか?:自分の軸で人生を生きること

“ジャム”できていない原因は、現代の人間は他人の評価軸を基準にしており、常に「不安」だからだといいます。だからこそ、自分自身の感覚に従って生きること、自分で善悪を判断することこそが“ジャム”するための方法です。

「善悪の判断がつかないと、何をやったら良くて、何をすればいけないのか、わからなくなる。そうすると「自分は悪い子なのではないか」という疑念にとらわれ、それが心の平安を阻害する。」

「善悪の判断基準を外部に求め、それに従って思考し、行動することになる。自分の生存環境の基準に習熟すると、その人は”スムーズ”に生きられるようになる。」

「しかし、他人の視線のなかで、他人の地平を”スムーズ”に生きるとき、人は決して平安を見いだすことができない。なぜなら、平安とは自分で感じるものであって、人に与えてもらうものでは無いからである。」

「とはいえ、不安に晒されることは、とてもつらいことである。それゆえ、不安を感じるスキが生じ内容にする必要がある。つまり、いつも忙しくしていなければならない、ということである。」

「かくして少しでもヒマがあれば、テレビを見る、ゲームをする、遊びに出かける、買い物に行く(中略)などなどといった「暇つぶし」に耽溺(たんでき)することになる。それ以上に、仕事に追いまくられていれば、暇つぶしをする必要もない。」

僕はこの感覚が東京という街で非常に強くなっていると感じています。肩がぶつかっても何も言わない人や、困っている人に手を貸さずに無視する人々。機械のような人々を思い出します。「歯車」なのです。

そして「歯車」は常に忙しくしているわけです。じゃないと自分が「歯車」であることに気づいてしまうから。「歯車」でなくなったら自分にすべての責任がのしかかってきます。ただ従って、回っていればいい。でもそうではないだろう、そうマイケルジャクソンは言います。

「このような不安に満ちたスムーズな状態を離脱することが、すなわち”ジャム”である。それは、自分自身の内面に平安を見いだすことで可能になる。」

「人間は自分自身の感覚に従って生きるときにはじめて平安を得ることができる。自分自身の内面にある豊かな創造性を持つ魂、つまり自分の中の「子供」に備わる「生命の知恵」に触れたとき、自らの神聖さを感じることができる。」

自分の中の「子供」に備わる「生命の知恵」とは何か?

ここで「子供」が持つ「生命の知恵」という言葉が出てきます。ちょっと突然でわかりにくいかもしれませんが、本書の冒頭に以下のようなマイケルが語った内容が書いてあります。

「子どもたちが最も深い知恵に到達していて、そこから創造性を得る方法を教えてくれる」

このマイケルの言葉を受けて、筆者は以下のように書きます。

「マイケルは人間社会の抱えるすべての問題の根源を、子供から子供時代が奪われることに求めた。そして、そこから脱却するための道を子供から創造性を学ぶことに求めた。」

子供は言語や世界を素直に、そしてものすごい速度で学んでいくでしょう。日々に感動しています。

小学校で自分で育てた朝顔が咲いて喜んだこと。
海の水が冷たいことに驚いたこと。
金木犀の香りで秋が来たのを感じたこと。

いつか感じたはずの心の動きを思い出すことです。

それが「スムーズ」な社会で「ジャム」して、立ち止まることにつながるのだと思います。