Column

心の中の湖に石を投げ込むSNS:スマホを午前中みない:DAY3

こんにちは。しんいちです。

最近は12時までスマホを観ない生活をしています。
しかし今朝は朝早く起きたためもあって、iPadのキンドルアプリで本を読みました。

そのときについついiPadに入っているツイッターを開いていしまったのです。

本当になんとなくいつもの癖で開いたのでとても驚きました。

本当に5分程度ツイッターを読んでいく中で、非常にある批判のツイートが目に入りました。あるYoutubeで人気の手段がセクハラ・パワハラ問題を利用して炎上商法を行ったというものです。

わたしはこの事件をはじめて知ったときになんかいやだな、位にしか思いませんでした。

しかし今朝、目に入ったツイートでは女性が声を上げづらくなることへの懸念が書いてありました。
このツイートを見たときに非常に共感し、本当に許せいないとまで憤りました。

しかし、ふと気がついたのです。私が怒ることではないかもしれないし、むしろツイートをみて心の中に大きな怒りの環状がうずまきました。

怒りは心をざわつかせます。

ゆうならば湖に意志が投げ入れられ波紋を起こす、この石のようなものです。

たった一つの石を投げ入れるだけで、暫くの間水面が波打つように、暫くの間怒りの感情が収まることはありません。

確かに世界の情報を知り、世界をより良くしていきたいと願うのならばいいでしょう。

しかし、朝穏やかな心に急にさざ波が立ちました。

たった一つのツイートをみると、それがそのまま自分の意見に変わります。面白いことに自分がファクトを吟味する前に情報を拡散してしまいます。

それがフェイクニュースの温床になっているのでしょうが。

何にせよ、自分の不安を「ある程度」言語化してくれて、しかもそこに誰かの感情がある。

控えめに言って、これは自分の考えと言えるのでしょうか。

短絡的な情報がまるで真実のようにインターネット上で流れており、そして感情的な文章法土あなたの心を揺さぶります。

そんなときにこそ、自分で考えて拡散、後方する必要が大いにあります。

そういう意味でも朝から他人とつながらないことは、デジタル全盛の現代にとって有意義だと思われます。