THINKING LIFE

広島原爆の日に原民喜さんの文章を読む

こんにちは。しんいちです。

今日は広島の原爆の日でした。

広島市への原子爆弾投下(ひろしましへのげんしばくだんとうか)は、第二次世界大戦(太平洋戦争)末期の1945年(昭和20年)8月6日午前8時15分、アメリカ軍が日本の広島市に対して世界で初めて核兵器「リトルボーイ」を実戦使用した出来事である。これは、人類史上初の都市に対する核攻撃である。この核攻撃により当時の広島市の人口35万人(推定)のうち9万 – 16万6千人が被爆から2 – 4か月以内に死亡したとされる。-Wikipedia

最近はなにか重要な日になると、そのことについて書いている文書を「青空文庫」で探すようになりました。(日常的に過去の素晴らしい文章に触れると同時に、新しい知識を得ることもできるのでおすすめです。)

青空文庫で「広島」と検索すると、原民喜さんという方の文章がいくつも出てきました。

恥ずかしながら私は彼のことを知らなかったのですが、彼は広島の原爆の場に居合わせた小説家として、リアルな情景を残している作家です。彼の手記は非常に貴重な資料として評価されているようです。

その理由もあり、広島の原爆ドーム東側には原民喜の碑が建てられており、「遠き日の石に刻み/砂に影おち/崩れ墜つ/天地のまなか/一輪の花の幻」という詩が刻まれているそうです。

今回は彼の文章を青空文庫で読んでいく中で印象的だった言葉を引用します。

夏の花

だが、今後も……。人類は戦争と戦争の谷間にみじめな生を営むのであらうか。原子爆弾の殺人光線もそれが直接彼の皮膚を灼かなければ、その意味が感覚できないのであらうか。そして、人間が人間を殺戮することに対する抗議ははたして無力に終るのであらうか。……僕にはよくわからないのだ。ただ一つだけ、明確にわかつてゐることがらは、あの広島の惨劇のなかに横はる塁々たる重傷者の、そのか弱い声の、それらの声が、等しく天にむかつて訴へてゐることが何であるかといふことだ。

「日本の原爆文学1」ほるぷ出版 1983(昭和58)年8月1日初版第一刷発行

本文はこちら

②原爆小景

コレガ人間ナノデス

原子爆弾ニ依ル変化ヲゴラン下サイ

肉体ガ恐ロシク膨脹シ

男モ女モスベテ一ツノ型ニカヘル

オオ ソノ真黒焦ゲノ滅茶苦茶ノ

爛レタ顔ノムクンダ唇カラ洩レテ来ル声ハ

「助ケテ下サイ」

ト カ細イ 静カナ言葉

コレガ コレガ人間ナノデス

人間ノ顔ナノデス

「日本の原爆文学1」ほるぷ出版 1983(昭和58)年8月1日初版第1刷発行

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