TRAVELING LIFE

2019/11/27:東京

今日は日本に帰ってきた。

体調が優れない。

どうやら画面が見れなくなってしまったようだ。以前もあったのだが、パソコンだけに集中する生活を数日続けていると画面を見た時に吐き気が止まらなくなる。

眼精疲労というやつだろう。

これの対策には単純に画面を見る時間を減らして、紙での作業に戻るしかない。

実は以前、旅をしている中でペーパーレスになったという記事を書いたと思う。ノートとペンをiPadで代用すると、紙が不要になりコピペもできて良い。

そうは書いたのだけど、ダメだった。

4日目くらいから紙の手触りやかきごこちが懐かしくなってノートを購入した。

僕の人生にはどうしても紙が必要らしい。

忘れていたけれど、目に優しいという効果も紙にはある。

タイの旅行では全て電子書籍をKindle端末で読んでいた。しかし、一昨日だったか。

バンコクにある紀伊国屋書店でに日本語の紙の本に囲また時に、求めていたのはこれだ!と全身が喜ぶような感覚があった。子供の頃のクリスマスの朝みたいな感覚だった。

紙の本のそこにいる佇まい、紙の本のページをめくるときの少し手の上を滑るような質感。

うん。やっぱり紙は良い。

パソコンで働いて、スマホで他人とコミュニケーションをとる。ブロックチェーン技術はプライバシーを守る電子通貨を作った。全ては脱モノ化しつつある。

昨日、バンコクの建築家の方にあったときに、ブロックチェーンは金融的な側面以外で、現実世界のものにどんな影響を与えるのかを聞かれて答えられなかった。わたしの考えが甘いのもあるかもしれないが、社会や文化に落とし込んだときにどのような影響がそこに起きるのか。

それがphysicalなものにどう働きかけるのか、相互作用が起きるのか。

この手や足が触れられるものをどう扱うか、これからどのように扱えるのかについて考える。

画面を見すぎて目眩が起きるのは、きっと何か意味があると思っている。

デジタルだけじゃない世界と、目の前にありありと豊かにある世界がどうなっていくのか。

ブロックチェーンという技術を考えたときに、金融や書類作業の効率化以外にどのように世界に適応できるのかについて。今までは進捗に注目していたけれど、もっと地に足のついた仕事をしたいと思うようになった。

このブログも便利な情報だけでなく、しかし日記でもないような、今までと違う形に注目していきたいと思っている。

それこそ今いる場所や、文化に根差すような何かに少しでも近づければ。

話は急に変わるが、成田空港に降り立ったときにセンスのなさに辟易とした。

サンタクロースの格好をした忍者と侍らしき等身大の人形が置いてあり、そこが記念撮影スポットになっていた。誰もそこで写真を撮ってはいなかった。

日本には良い物がたくさんあるはずなのに、表立った公共の場には出てこない。

あのチープな人形やマスコットキャラクターはなんなのだろうか。

日本に帰ってきて、また色々と考えたいことが増えた。外に出てから、改めて見る視点というものを、失わずにいきたいと思う。