思ったこと

旅の記憶が掘り起こされる

Facebookを開くと、「過去の思い出を振り返ってみましょう」という言葉が通知欄に届いている。

特に他に気になる通知もなかったので開いてみると、なんとも懐かしい4年前の写真が出てきた。

リトアニアの秋の夕暮れと、地面に敷き詰められた黄色の葉。

不思議なもので写真を見ただけで、リトアニアのひんやりと頬を刺すような空気感とか、人気のない寂しさとかが一気に蘇ってきた。

記憶は不思議なもので、別に意識して覚えているわけじゃないのに、こうやって忘れた記憶を掘り出してくれる。

日本は四季というには、秋と春が短くなってしまったような気がしますね。今日は特段と肌寒く。もう4年前ですが、リトアニアというヨーロッパの北に位置する国にいました。異国にいながらも、植物は黄・橙に色づくのだと嬉しく思ったと同時に、故郷のことを思い起こした日だったと記憶しています。

突然に思い出したものだから、Facebookに思わず投稿してしまった。

それで気になって色々と調べてみたんだ。

他の年の10月中旬ってどこにいたんだろうって。

ブログを書いていた時期があったので、みてみたけれどそこにはタイのパトンビーチにいたという記事があった。

確かに2019年はタイにいた。タイとベトナムを回りながらリモートワークしていたはずで、この時のことも色々と思い出したな。

夜のマーケットでお気に入りだった唐揚げみたいなやつを毎日食べていて、作っていたおばあちゃんがいたこととか。日本食が意外と美味しいこととか。

それで2020年もなんか書いてたなって思ったら、長野県の松本にいたらしい。

この頃はなんか小難しいことを書いている。読んでみると、ちょっと恥ずかしいけれど、あんまり今の感覚とも離れていないかなと。

自分はものが少ない物暮らしをしたい。
それは一貫しているし、いまだにミニマリズム的な物に憧れている
しかし、私にとってのミニマリズムは、美意識を忘れないものでありたい。実用的でありながら、手仕事の美が残るような物を普段使いにしていきたい。そういう自分なりのミニマルな生活というのを追求したいと思った。

昔の文章を改めて読むのはなんとなく恥ずかしいし、ちょっと嫌だけれど、それでも書いておいてよかったなと思う。

だってこうやって思い出すことができるから。

記憶の外部装置なんて大仰な言葉で言わなくてもいいか。ちょっと思い出すためのきっかけとして、考えていたことや思い出のアルバムとしてブログを書いておくのはいいことかもしれない。

そんなことでたまにはブログを書こうかなと。3年後にあなたが今何をしていたのか、感じていたのかを思い出せるように。

Shinichi Tsukada